『むずかしい愛』 カルヴィーノ作・和田忠彦訳 / 岩波文庫

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動揺する快楽。

新しい本を次々に読むことは、1冊の本を繰り返し読むことよりも幸せだろうか?
幸せだと思う、たぶん。
でも、その1冊がカルヴィーノだとしたら?

1950年代後半に書かれた12の短編集だ。
すべてに「冒険」というタイトルがついている。
冒険とは、自分が変わること。
体が変化し、心が動揺する瞬間。
それまでの緻密な記述が、意味を失う瞬間。
言葉で埋めつくそうとすればするほど、大切なものはこぼれ落ち、
饒舌になればなるほど、まだ話していないことが際立ってくる。

「ある兵士の冒険」
兵士が列車の中で女に痴漢をする。彼女は兵士の行為を受け入れるか?拒否するか?安易に結論を出すストーリーづくりの無意味さ、つまらなさが暴かれる。

「ある悪党の冒険」
売春婦とその夫。売春婦の家に逃げる男。彼を捕まえる男。悪党なんて、どこにもいないし、逃げ切ることと捕まることの間にも、たいした違いはない。

「ある海水浴客の冒険」
泳いでいる最中に水着をなくした女の羞恥心と孤独。そして、その後の希望。どちらもすぐに消えてしまう。旅って、むなしい。

「ある会社員の冒険」
夢のような一夜を過ごした会社員。女と別れた後、彼女に恋したことに気付く。だが、言葉に置きかえはじめたとき、それは絶望に変わる。

「ある写真家の冒険」
写真を撮りたがる人々を軽蔑し、反写真論を展開する男が、次第に写真にのめりこんでゆく。頭でものを考えながら、身体は別の変化を遂げるのだ。すべてを撮り、すべてを捨てようとしたギリギリの瞬間、彼は真実を悟る。この短編は、映画だ。

「ある旅行者の冒険」
愛する女のもとへ向かう男。旅のプロセスと夢のような時間との間に横たわる眩暈のような断絶。誰もが、こういう2つの時間を行き来しているのだろうか。だとしたら、おかしくならないほうが、どうかしている。

「ある読者の冒険」
海で女と出会い、読書の快楽を台無しにされる男。身体は知性と相性が悪く、現実はロマンを着実にむしばんでゆくのだ。

「ある近視男の冒険」
メガネをかけると風景が変わり、人生が変わる。でも、実は何も変わらない。それは、彼の人生で最後のときめきだった。何かのせいで人生がつまらないと考える男のつまらなさ。

「ある妻の冒険」
上流階級婦人の不倫。彼女の中の意識を変えたのは、一夜を過ごした相手ではなかった。彼女はそのことを、体で理解する。

「ある夫婦の冒険」
ある夫婦のすれちがい生活。満たされない日々の中にこそ、愛はあるのだ。愛ってむずかしい。

「ある詩人の冒険」
愛の言葉を書いたことのない詩人が、美しい恋人の肢体を見つめながら沈黙する。幸せは言葉にできないのだ。だが、苦悩を目にすれば、いくらでも言葉があふれ、世界は真っ黒に埋め尽くされる。

「あるスキーヤーの冒険」
奇跡とは、選ばれた人が、無限の選択肢の中から選びとったもの。だから、奇跡だけを目撃していればいい。

2003-06-06

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