2021年 の投稿一覧

2021年文庫本ベスト10

●ハルコロ 1・2(石坂啓 / 本多勝一 / 萱野茂)岩波現代文庫

●溶ける街 透ける道(多和田葉子)講談社現代文庫

●愛さずにはいられない(藤田宜永)新潮文庫

●あちらにいる鬼(井上荒野)朝日文庫

●トヨトミの逆襲(梶山三郎)小学館文庫

●ヴァレリー 芸術と身体の哲学(伊藤亜紗)講談社学術文庫

●91歳セツの新聞ちぎり絵 ポストカードブック(木村セツ)里山社

●一汁一菜でよいという提案(土井善晴)新潮文庫

●短編画廊 絵から生まれた17の物語(ジル・D・ブロック他)ハーパーBOOKS

●合成生物学の衝撃(須田桃子)文春文庫

2021-12-30

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2021年単行本ベスト10

●アンソーシャルディスタンス(金原ひとみ)新潮社
 
●テスカトリポカ(佐藤究)角川書店
 
●オーバーヒート(千葉雅也)新潮社
 
●神よ憐れみたまえ(小池真理子)新潮社
 
●本心(平野啓一郎)文藝春秋
 
●六人の嘘つきな大学生(浅倉秋成)KADOKAWA
 
●心淋し川(西條奈加)集英社
 
●緊急事態下の物語(金原ひとみ / 瀬戸夏子 他)河出書房新社
 
●パンデミック日記(新潮編集部)新潮社
 
●往復書簡 限界から始まる(上野千鶴子 / 鈴木涼美)幻冬舎

2021-12-30

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2021年映画ベスト10

●小石(P.S.ヴィノートラージ)
 
●Rocks / ロックス(サラ・ガヴロン
 
●悪の寓話(ダミアーノ・ディノチェンゾ)
 
●森林詩(キム・スンギ)
 
●多和田葉子の旅する声の記録(ソン・ヘジュン)
 
●蛇にピアス(蜷川幸雄)
 
●DELIVERY HELTH / the escort(森山未來
 
●ザ・ビートルズ : Get Back(ピーター・ジャクソン)
 
●17Blocks / 家族の風景(デイビー・ロスバート)
 
●女を修理する男(ティエリー・ミシェル)

2021-12-30

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『About Love』ティファニーのキャンペーン広告

早くもクリスマス・イブの到来?

10月のはじめ、夜8時ごろだったと思う。 渋谷スクランブル交差点の空気が、一瞬にして変わった。無意識の中でゆっくりと、何となくいい香りが漂ってくるように流れてきたのは、ビヨンセが独自のアレンジで歌う『ムーン・リバー』。大音量で、だけど、とても静かに始まったその曲のシンプルで美しいコードに、少しずつ、気づいた人々が周囲を見まわす。友だちと歩いていた女の子が「だれが歌ってるの?」と叫びながら大型ビジョンのひとつを見上げる。ガードレールに腰かけてスマホに夢中だった人が、ふいに顔を上げる。

About Loveと題したティファニーのキャンペーンだ。128.54カラットのファンシーイエローダイヤモンドが、これほど似合う人はいないであろう、ビヨンセのゴージャスさ。彼女を愛おしそうに見つめるのは、夫のジェイ・Z。

これは昨年末、モエ ヘネシー・ルイ ヴィトンの傘下となったティファニーが仕掛ける新しいブランド戦略なのだ。2人を起用した理由について、ティファニーのプロダクト&コミュニケーション部門・エグゼクティブバイスプレジデントのアレクサンドル・アルノー(LVMH会長兼CEO ベルナール・アルノーの次男)はこう語る。

「ビヨンセは世界最高の歌手で、ジェイ・Zは世界最高のラッパー。そしてわれわれも世界最高のジュエリー会社。このキャンペーンは、何か1つでも欠けたら実現しないものだった」

そして、3人めのビッグな登場人物は、故バスキア。ピアノを弾くビヨンセの背後に、ティファニーが所有しているバスキアの絵『イコールズ・パイ(Equals Pi=円周率に等しい)』が飾ってある。何が描かれているかは大きな問題ではないし、何も描かれていないほうがよかったかもしれない。大事なのは、絵の面積の大半がティファニーブルーだってこと。でも、ほんとに、ティファニーブルーなのか? 本人に確認することは、もうできない。

まあ、そんなこととは関係なく、ほんのワンフレーズだけで、そこにたまたまいた多くの人を振り返らせてしまう声と音楽の力はすごい。『ティファニーで朝食を』でヘプバーンが歌うバージョンとはまるで違うソウルフルな雰囲気で、交差点一帯を、特別な夜に変えてしまった。

2021-10-17

 

『テスカトリポカ』佐藤究

空気を書くこと。情熱を共有すること。

『テスカトリポカ』の直木賞受賞が決まり、その贈呈式があったのは、2021827日。小説のラストシーンは、2021826日の川崎だ。なんという偶然だろう。この日付は、物語を構想した時から決まっていたそうだが、ラストシーンで明かされる日付の意味を考えると、500年前から決まっていたとすらいえる。

現実と生々しくリンクしたフィクションなのだ。ボリューミーな560頁を読み終えたとき、物語に耽溺させた最初の風景が19967月のメキシコであり、6年後に主人公のコシモを産むことになる17歳の少女であったことを思い出し、ずいぶん遠くまできたなと思う。まるで自分ごとのように。

小説は、時に映画以上の体験をもたらしてくれる。個人的には、物語の重要な通過地点のひとつであるジャカルタの都市の風景が忘れられない。とくに、やがてコシモと出会うことになるバルミロという男がオーナーをつとめるコブラサテ(コブラの串焼き)の移動式屋台。ジャカルタ名物のようだが、生きたコブラを檻から取りだして短剣で料理するのだから、命の危険を伴うコワさがある。

バルミロは、コブラサテで儲けようとは考えていないし、屋台の裏でこっそり手掛けるヤバイ商売で儲けるつもりもない。では一体、何を考えているのか? この男はどこから来て、どこへ行こうとしているのか? バルミロのコワさ、ヤバさこそが別格なのだ。コブラサテが、観光客をよろこばせる牧歌的な料理と感じられるくらいに。

バルミロと観光客の人生が交わることはないが、コブラサテの移動式屋台では、異なる世界の光と闇が一瞬だけ交錯しては、消えてゆく。つまり、そこに描かれているのは、ジャカルタの猥雑な空気そのものなのである。

著者の佐藤究さんにオンラインでインタビューさせてもらう僥倖を得たが、メンタルもフィジカルも半端なく強く、格闘家の魂をもつ人のようだ。キックボクシングジムで念願のミット打ちを経験したときのような、大いなる刺激を受けた。

そんな佐藤さんがツイートしていた言葉。「どんな小さな企画でも情熱を共有できるかが重要」
日常の何気ないひとこまひとこまに情熱をもって対峙することで、私たちは、想定外の風景と出合えるのかもしれない。からだを鍛えねば、と思った。コシモのように、朝はサラダチキンだな。

2021-9-7

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