『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』
Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷ヒカリエホール)

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自分にとって大事なことを他人と共有せず堂々と過ごしていれば人生は大丈夫だ。ー 乗代雄介

2010年から2011年にかけて撮影された映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』は、2015年日本で初公開された。晩年のソール・ライターの地味な暮らしぶりがわかるドキュメンタリーで、日本語字幕を担当した柴田元幸氏も「基本的には、猫背のおじいさんがのそのそ動きながらもごもご喋っている映画」と書いていたが、猫背のおじいさんが撮る写真はみずみずしく、もごもごの内容もすばらしかった。「有名人を撮るよりも雨に濡れた窓を撮るほうが私には興味深いんだ」という言葉は、とりわけ印象に残っている。

ソール・ライターは1923年ピッツバーグ生まれ。ニューヨークへ移り1950年代からファッション誌で活躍。1980年代に一線を退いてからは自由に生き、自由に撮っていたようだが、彼の写真が本格的にブレイクしたのは2006年。ドイツのシュタイデル社から初の作品集が出版されてからだった。2013年に亡くなった時点で未整理の作品が数万点あり、まだまだ発掘され続けているらしい。今回の展覧会では、初期のモノクロプリントやアンディ・ウォーホルをはじめとするアーティストのモノクロポートレート、ハーパスバザーの表紙や誌面を飾ったファッション写真、生涯描き続けていた絵画なども展示され、会場の一角には、終の棲家となったイースト・ヴィレッジのアパートの部屋まで再現されていた。

ソール・ライターの真骨頂は、なんといってもニューヨークの街や人を、てらいなく、しっとりと切り取ったカラー写真だろう。たくさんのカラースライド写真が、小さなポジフィルムのままライトアップテーブルの上に展示されているコーナーもあり、近づいて覗き込むと、ひとつひとつが美しく、彼の作品を整理しているスタッフになった気がした。続く大空間では、10面の大型スクリーンに最新の作品約250点が次々とスライドショーのようにランダムに投映されていた。ソファがたくさんあり、大勢の来場者がフィナーレであるこの空間に溜まっていたが、誰も動かない。永遠にぼんやりと見ていたくなる心地よさに、誰もがしびれているようだ。

「写真はしばしば重要な瞬間を切り取るものとして扱われたりするが、 本当は終わることのない世界の小さな断片と思い出なのだ」とソール・ライターは言った。終わることのない世界の小さな断片と思い出は、すぐに消えてなくなりそうな気配をはらみ、限りなくロマンチックで美しい。私たちが追求すべきことはコスパやタイパじゃないし、あとに残るかどうかよりも、そこにあったということが大事なのだ。写真を撮るならこんなふうに撮りたいし、写真を撮らなくても、こんなふうに街や人を見ていたいなと思う。

2023-8-13

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