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2023年文庫本ベスト10

●パリの砂漠、東京の蜃気楼(金原ひとみ)集英社文庫

●罪の轍(奥田秀明)新潮文庫

●テロルの原点 安田善次郎暗殺事件(中島岳志)新潮文庫

●犬も食わない(尾崎世界観/千早茜)新潮文庫

●少年と犬(馳星周)文春文庫

●サルデーニャの蜂蜜(内田洋子)小学館文庫

●汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)文春文庫

●泣くほどの恋じゃない(小手鞠るい)潮文庫

●映画の生まれる場所で(是枝裕和)文春文庫

●ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人(東野圭吾)光文社文庫

2022-12-30

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2023年単行本ベスト10

●ラーメンカレー(滝口悠生)文藝春秋

●それは誠(乗代雄介)文藝春秋

●腹を空かせた勇者ども(金原ひとみ)河出書房新社

●最愛の(上田岳弘)集英社

●エレクトリック(千葉雅也)新潮社

●鉄道小説(滝口悠生ほか)交通新聞社

●校正のこころ 増補改訂第二版:積極的受け身のすすめ(大西寿男)創元社

●ロジカルペアリング レストランのためのドリンクペアリング講座(大越基裕)柴田書店

●ランジェリー・ブルース(ツルリンゴスター)KADOKAWA

●キレイはこれでつくれます(MEGUMI)ダイヤモンド社

2022-12-30

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『最愛の』上田岳弘

2人の人間がそれぞれ自分勝手な幻想を持ち寄って、それを魂をかけて破壊し合い、自分が再構築されるというのが、これ即ちみんなの憧れる大恋愛である。― 鈴木涼美

上田岳弘のデビュー10周年記念作品『最愛の』(集英社)を読みながら思い出したのは、渋谷スクランブルスクエア39Fのweworkで自由に飲めるビール(ヒューガルデン・ホワイトの生など!)のおいしさだ。続いて思い出したのは2つの言葉で、ひとつは、Tinderの今年の広告キャッチフレーズ「愛は他人と。」(by児島玲子)。もうひとつは、マイリー・サイラスの今年のメガヒット曲『flowers』の歌詞「I can love me better than you can」(私はあなたよりも私を愛せる)である。

主人公は、外資系の通信機器メーカーに勤め、「血も涙もない的確な現代人」として振る舞う38歳で独身の久島(くどう)。彼は、友人の示唆を受けて「自分だけの文章」を書き始め、中学校の同級生だった望未(のぞみ)を思い出す。ふたりは大学卒業間際まで文通をしており、彼女は手紙の始まりに必ず「最愛の」という中途半端な言葉を書いていた―。

つまりこれは追憶型の恋愛小説であり、風変わりな手紙の謎を解くサスペンス小説でもあるのだが、わかりやすいカタルシスが得られるわけじゃない。おとぎ話めいた世界とゲーム的な現実世界を行き来する久島に、さまざまな男や女がさまざまな形で近づき、重なり合い、遠ざかっていく。あとに残るのは、冷たい忘却の感触だ。私たちは、「最愛の」に続く大切な言葉を簡単に忘れてしまえるほど悲しい存在なのだろうか?

だけど一方では、追憶よりも、冷たい未来のほうに可能性があることもわかる。永遠につながる手触りを求めるなら、選択肢は未来にしかない。どこにいるかわからない人や、顔も知らない人とコミュニケーションをとることが普通にできてしまう今、わずかな勘違いがありえない奇跡を生み出す可能性は、あらゆる意味で飛躍的に増大しているような気もするし。そうしているうちに私たちは、圧倒的な記憶の彼方にまで手が届くようになるかもしれない。

現代のパートで印象に残るのは、コロナ禍のリモートワークとプライベートライフだ。ノートPC、Xperia、Zoom、LINE、Slackなど、日常的なツールによるコミュニケーションの手順やマナーが、こんなに愛おしいものだったのかと思えるくらいポジティブかつ繊細に記録されている。

追憶のパートで印象に残るのは、大学生の久島と望未が、中野駅前の図書館で待ち合わせ、公園でビールを飲み、手持ち花火をし、とりとめのない会話をした日のこと。その後、自分の部屋に戻った久島は、NirvanaとRadioheadのCDを聴きながら望未のことを考える。一筋縄では行かないふたりの歴史の中に、やさしくて可愛らしくて笑いもある完璧なデートの日があったことを忘れたくなくて、血も涙もない的確な現代人になりそうな私は、221ページから235ページまでを何度も読み返す。

2023-9-19

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『一人称単数』村上春樹
『ラーメンカレー』滝口悠生

不自由な村上春樹と、自由な滝口悠生。

村上春樹の6年ぶりの新作長編『街とその不確かな壁』が4月13日に新潮社から発売される。さらに今秋には、直筆サインとシリアルナンバー入り愛蔵版(税・送料別で10万円!)が限定300部で刊行予定だという。

これに先立ち、2月10日、ウォーミングアップにぴったりな最新短編集『一人称単数』(文藝春秋)が文庫化されたのだが、この日は、滝口悠生の最新短編集『ラーメンカレー』(文藝春秋)の発売日でもあった。
2つの連作短編集の初出は、どちらも雑誌「文學界」。村上の短編は2018年7月号〜2020年2月号に掲載され(表題作のみ書き下ろし)、滝口の短編は2018年1月号〜2022年5月号に掲載された。

この2冊の共通点は、読みながらプレイリストをつくりたくなるほど、音楽が重要な役割を果たしていることだ。
『一人称単数』には、ビートルズのアルバムタイトルである『ウィズ・ザ・ビートルズWith the Beatles』、シューマンのピアノ曲タイトルである『謝肉祭(Carnaval)』、そして『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』という3つの音楽系小説が収録されており、ほかの短編にもたくさんのポップスやクラシック音楽が登場する。
一方、『ラーメンカレー』には、ブルーハーツの人気曲タイトルである『キスしてほしい』、徳永英明のデビュー曲タイトルである『レイニーブルー』という2つの音楽系小説が収録され、ほかにもボブ・ディラン『戦争の親玉』BTSの『Dynamite』などが登場する。

また、『一人称単数』を読んでいるとビールワイン、ウォッカ・ギムレットなどが飲みたくなるのに対し、『ラーメンカレー』はタイトルからして食欲をそそる。きちんと読み込めば、イタリアの本格カルボナーラや黒米を使った料理、さらには何種類ものスリランカ・カレーがつくれるようになるだろう。

ただし、この2冊は全く似ていない。村上春樹というジャンルと滝口悠生というジャンルは、真逆なのだと思う。

『一人称単数』は、まじめに生きているはずなのに、いつのまにか理不尽なものに巻き込まれ、追い詰められていくような、孤独でストレスフルな一人称小説。僕は悪くない、僕の責任じゃないという長い言い訳と、考え抜かれた完成度の高い比喩は、村上春樹の真骨頂だ。
他方、『ラーメンカレー』は、一人称も二人称も三人称もありの自由な小説。著者は、自分よりも他人の声に耳を澄ませており、人称や文体が偶発的に変化する。些細なことを緻密に描写しているだけで世界が無限に広がっていくインプロビゼーション感は、滝口悠生の真骨頂だ。

2023-4-5

amazon(『一人称単数』村上春樹) amazon(『ラーメンカレー』滝口悠生)

2022年文庫本ベスト10

●水の墓碑銘(パトリシア・ハイスミス/柿沼瑛子訳)河出文庫

●ドライブイン探訪(橋本倫史)ちくま文庫

●嫉妬/事件(アニー・エルノー/菊池よしみ訳/堀茂樹訳)ハヤカワepi文庫

●無限の玄/風下の朱(古谷田奈月)ちくま文庫

●十七八より(乗代雄介)講談社文庫

●旅の絵日記(和田誠/平野レミ)中公文庫

●獣たちの海(上田早夕里)ハヤカワ文庫JA

●Iの悲劇(米澤穂信)文春文庫

●家康の養女 満天姫の戦い(古川智映子)潮文庫

●サバイバー(チャック・パラニューク/池田真紀子訳)ハヤカワ文庫NV

2022-12-30

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