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2024年文庫本ベスト10

●スバらしきバス(平田俊子)ちくま文庫

●すべての白いものたちの(ハン・ガン/斎藤真理子)河出文庫

●百年の孤独(ガブリエル・ガルシア・マルケス/鼓直)新潮文庫

●シェイクスピアの記憶(ホルヘ・ルイス・ボルヘス/内田兆史/鼓直)岩波文庫

●旅する練習(乗代雄介)講談社文庫

●笑うマトリョーシカ(早見和真)文春文庫

●ショローの女(伊藤比呂美)中公文庫

●九十歳のラブレター(加藤秀俊)新潮文庫

●さびしさについて(植本一子/滝口悠生)ちくま文庫

●尾崎世界観対談集 身のある話と、歯につまるワタシ(尾崎世界観)朝日文庫

2024-12-31

2024年単行本ベスト10

●霧のコミューン(今福龍太)みすず書房

●K+ICO(上田岳弘)文藝春秋

●ナチュラルボーンチキン(金原ひとみ)河出書房新社

●あなたの燃える左手で(朝比奈秋)河出書房新社

●トラディション(鈴木涼美)講談社

●ショートケーキは背中から(平野紗季子)新潮社

●まず良識をみじん切りにします(浅倉秋成)光文社

●富士山(平野啓一郎)新潮社

●ことばと vol.8(文学ムック)書肆侃侃房

●新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム (サミュエル・ベケット/岡室美奈子)白水社

2024-12-31

2023年文庫本ベスト10

●パリの砂漠、東京の蜃気楼(金原ひとみ)集英社文庫

●罪の轍(奥田秀明)新潮文庫

●テロルの原点 安田善次郎暗殺事件(中島岳志)新潮文庫

●犬も食わない(尾崎世界観/千早茜)新潮文庫

●少年と犬(馳星周)文春文庫

●サルデーニャの蜂蜜(内田洋子)小学館文庫

●汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)文春文庫

●泣くほどの恋じゃない(小手鞠るい)潮文庫

●映画の生まれる場所で(是枝裕和)文春文庫

●ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人(東野圭吾)光文社文庫

2023-12-30

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2023年単行本ベスト10

●ラーメンカレー(滝口悠生)文藝春秋

●それは誠(乗代雄介)文藝春秋

●腹を空かせた勇者ども(金原ひとみ)河出書房新社

●最愛の(上田岳弘)集英社

●エレクトリック(千葉雅也)新潮社

●鉄道小説(滝口悠生ほか)交通新聞社

●校正のこころ 増補改訂第二版:積極的受け身のすすめ(大西寿男)創元社

●ロジカルペアリング レストランのためのドリンクペアリング講座(大越基裕)柴田書店

●ランジェリー・ブルース(ツルリンゴスター)KADOKAWA

●キレイはこれでつくれます(MEGUMI)ダイヤモンド社

2023-12-30

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『最愛の』上田岳弘

2人の人間がそれぞれ自分勝手な幻想を持ち寄って、それを魂をかけて破壊し合い、自分が再構築されるというのが、これ即ちみんなの憧れる大恋愛である。― 鈴木涼美

上田岳弘のデビュー10周年記念作品『最愛の』(集英社)を読みながら思い出したのは、渋谷スクランブルスクエア39Fのweworkで自由に飲めるビール(ヒューガルデン・ホワイトの生など!)のおいしさだ。続いて思い出したのは2つの言葉で、ひとつは、Tinderの今年の広告キャッチフレーズ「愛は他人と。」(by児島玲子)。もうひとつは、マイリー・サイラスの今年のメガヒット曲『flowers』の歌詞「I can love me better than you can」(私はあなたよりも私を愛せる)である。

主人公は、外資系の通信機器メーカーに勤め、「血も涙もない的確な現代人」として振る舞う38歳で独身の久島(くどう)。彼は、友人の示唆を受けて「自分だけの文章」を書き始め、中学校の同級生だった望未(のぞみ)を思い出す。ふたりは大学卒業間際まで文通をしており、彼女は手紙の始まりに必ず「最愛の」という中途半端な言葉を書いていた―。

つまりこれは追憶型の恋愛小説であり、風変わりな手紙の謎を解くサスペンス小説でもあるのだが、わかりやすいカタルシスが得られるわけじゃない。おとぎ話めいた世界とゲーム的な現実世界を行き来する久島に、さまざまな男や女がさまざまな形で近づき、重なり合い、遠ざかっていく。あとに残るのは、冷たい忘却の感触だ。私たちは、「最愛の」に続く大切な言葉を簡単に忘れてしまえるほど悲しい存在なのだろうか?

だけど一方では、追憶よりも、冷たい未来のほうに可能性があることもわかる。永遠につながる手触りを求めるなら、選択肢は未来にしかない。どこにいるかわからない人や、顔も知らない人とコミュニケーションをとることが普通にできてしまう今、わずかな勘違いがありえない奇跡を生み出す可能性は、あらゆる意味で飛躍的に増大しているような気もするし。そうしているうちに私たちは、圧倒的な記憶の彼方にまで手が届くようになるかもしれない。

現代のパートで印象に残るのは、コロナ禍のリモートワークとプライベートライフだ。ノートPC、Xperia、Zoom、LINE、Slackなど、日常的なツールによるコミュニケーションの手順やマナーが、こんなに愛おしいものだったのかと思えるくらいポジティブかつ繊細に記録されている。

追憶のパートで印象に残るのは、大学生の久島と望未が、中野駅前の図書館で待ち合わせ、公園でビールを飲み、手持ち花火をし、とりとめのない会話をした日のこと。その後、自分の部屋に戻った久島は、NirvanaとRadioheadのCDを聴きながら望未のことを考える。一筋縄では行かないふたりの歴史の中に、やさしくて可愛らしくて笑いもある完璧なデートの日があったことを忘れたくなくて、血も涙もない的確な現代人になりそうな私は、221ページから235ページまでを何度も読み返す。

2023-9-19

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