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『About Love』ティファニーのキャンペーン広告

早くもクリスマス・イブの到来?

10月のはじめ、夜8時ごろだったと思う。 渋谷スクランブル交差点の空気が、一瞬にして変わった。無意識の中でゆっくりと、何となくいい香りが漂ってくるように流れてきたのは、ビヨンセが独自のアレンジで歌う『ムーン・リバー』。大音量で、だけど、とても静かに始まったその曲のシンプルで美しいコードに、少しずつ、気づいた人々が周囲を見まわす。友だちと歩いていた女の子が「だれが歌ってるの?」と叫びながら大型ビジョンのひとつを見上げる。ガードレールに腰かけてスマホに夢中だった人が、ふいに顔を上げる。

About Loveと題したティファニーのキャンペーンだ。128.54カラットのファンシーイエローダイヤモンドが、これほど似合う人はいないであろう、ビヨンセのゴージャスさ。彼女を愛おしそうに見つめるのは、夫のジェイ・Z。

これは昨年末、モエ ヘネシー・ルイ ヴィトンの傘下となったティファニーが仕掛ける新しいブランド戦略なのだ。2人を起用した理由について、ティファニーのプロダクト&コミュニケーション部門・エグゼクティブバイスプレジデントのアレクサンドル・アルノー(LVMH会長兼CEO ベルナール・アルノーの次男)はこう語る。

「ビヨンセは世界最高の歌手で、ジェイ・Zは世界最高のラッパー。そしてわれわれも世界最高のジュエリー会社。このキャンペーンは、何か1つでも欠けたら実現しないものだった」

そして、3人めのビッグな登場人物は、故バスキア。ピアノを弾くビヨンセの背後に、ティファニーが所有しているバスキアの絵『イコールズ・パイ(Equals Pi=円周率に等しい)』が飾ってある。何が描かれているかは大きな問題ではないし、何も描かれていないほうがよかったかもしれない。大事なのは、絵の面積の大半がティファニーブルーだってこと。でも、ほんとに、ティファニーブルーなのか? 本人に確認することは、もうできない。

まあ、そんなこととは関係なく、ほんのワンフレーズだけで、そこにたまたまいた多くの人を振り返らせてしまう声と音楽の力はすごい。『ティファニーで朝食を』でヘプバーンが歌うバージョンとはまるで違うソウルフルな雰囲気で、交差点一帯を、特別な夜に変えてしまった。

2021-10-17

 

75年ぶりに発見された夫婦

靴職人の黒い靴と、娘の白い服。

2017年7月13日木曜日。融解が進むスイス・アルプスの氷河の中から、75年前に行方不明になった夫婦の遺体が見つかった。靴職人のマルスラン・デュムランさん(当時40歳)と、教員の妻フランシーヌさん(当時37歳)だ。夫婦は第二次世界大戦中の1942年8月15日の朝、シャンドラン村の家を出た。アルプス山脈に放牧されていた牛たちの乳しぼりのためで、夕方戻るはずだったが、そのまま行方がわからなくなった。氷河の割れ目に転落し、遭難したとみられる。2人が今生きていれば115歳と112歳ということになる。

夫婦が75年間、寄り添うように横たわっていたのは、スイスのレ・ディアブルレに近い標高2615メートルの山腹の氷河。現在はスキー場やホテルが建ち並ぶ場所で、発見したのはスキーのリフト会社の社員だった。遺体とともに、靴、バッグパック、身分証、本、写真、時計、空のボトルなどが、損なわれずにあった。私は現場の写真を見て、靴がとてもちゃんとしているなと思った。

夫婦には5人の男の子と2人の女の子がいたが、現在生きているのは長女(86歳)と末娘(79歳)のみ。当時4歳だった末娘のマルセリーヌさんは、今も遠くない場所に住んでおり「両親をずっと探し続けていた。いつかちゃんとお葬式をしてあげたいと思っていた。75年待ち続け、ようやく心の平安を得ることができた」と語った。氷河にも3回登ったという。「母は妊娠していることが多く、険しい土地でもあったため、父に同行するのは珍しかった」

11歳だった長女のモニークさんによると、両親が出かけた日の朝は天気がよく、父親は歌を口ずさんでいた。だが2人は帰らず、彼女はその日から、すべての家事をやらなければならなくなった。捜索は2か月半に及んだが手掛かりはなく、7人の子供はそれぞれ別々の家に引き取られ、年月と共に連絡が途絶えてしまったという。両親を突然失った子供達の人生は、楽ではなかったようだ。

2017年7月22日土曜日。スイスの教会で行われた葬儀の様子も報道されていたが、たくさんの人々が参列し、マルセリーヌさんとモニークさんのほか、親族やひ孫2人の姿もあった。マルセリーヌさんは黒い喪服ではなく、白の装い。その理由を彼女は「白のほうがふさわしい。私が一度もなくさなかった希望を表しているから」と話した。

2015年8月6日には、スイス・アルプスのマッターホルンで、1970年8月18日に遭難した日本人登山家2人が、45年ぶりに見つかっている。標高2800メートル地点の氷河だった。地球温暖化に伴う氷河の融解により、このようなケースが増えているそうだ。自然の驚異と年月の重みには言葉を失ってしまうけれど、遺された人にとっては、見つかって本当によかった、の一言だろうと思う。

2017-7-29

『映画瓦版(ホームページ)』 服部弘一郎 /

「映画通の友だち」のようなサイト。

「映画瓦版」は、個人のホームページというものが、ここまできちんとした形になるという見本のようなサイトだ。服部弘一朗という映画批評家が一人で運営している。

https://eigakawaraban.wordpress.com/

このホームページ自体が、彼の仕事のベースになっているらしく、執筆依頼などの多くがここを経由してくるという。映画批評のプロであることの本質は、映画への思い入れや鑑賞眼の鋭さ以上に、HP以外の執筆媒体をもち、試写状のとどく映画はほとんど見に行っているという実績にあるのだと思う。その数は年間500~600本。映画関係者の中では珍しくない数字かもしれないが、そのすべてをデータベース化し、公開しているというのがすごい。

公開されているのは、50音別、月別に整理された映画鑑賞メモ。メモといっても、趣味の領域ではないことは、作品にどんな印象をもった場合にも、その記述が一定の密度と客観性に貫かれていることでわかる。彼のデータベースは、いわばドイツの現代美術家ゲルハルト・リヒターの「アトラス」みたいなものだ。服部氏は自己紹介のページでこう書いている。

「試写室で映画を観ながらメモを取っている人も多いんですが、僕は帰宅してから資料を見ながらすぐに映画瓦版用の原稿を書いてしまいます。これが僕にとっての映画鑑賞メモがわり。映画の印象は時間が経つとどんどん変化して行くし、細かい部分は忘れてしまうので、こうして文章として残しておかないと後から思い出せなくなってしまいます。映画評の仕事が来た時点で映画瓦版を見直すと、『なるほど、こんな映画だったな』と書いていない部分まで鮮明に思い出すことができるのです」

メジャーな新作映画のほとんどを見ているようなので、近作ならだいたい検索できるし、公開前の映画も試写を見た順に続々アップされる。「日本最速の映画評ページを目指しています!」とトップに書かれているが、このスローガンに偽りはないと思う。

私は、映画を見る前後に「あの人の批評が読みたい」と思うような歯に衣着せぬ評論家が何人かいるが、私の好きな評論家がすべての映画についてどこかで書いているわけではないので、それは叶わぬ願い。また、無記名の映画紹介記事の場合は、一定の視点がなく、PRに終始している場合が多いので参考程度にしか使えない。というわけで、このサイトは「非常に使える」のである。

既に自分が見た映画をいくつか検索してみると、彼の見方と自分の見方の違いが次第にクリアになってきて、「映画通の友だち」が一人できたも同然という感じになってくる。大上段にかまえた批評ではなく、わかんないものはプロらしくちゃんと説明を試みながらも「僕にはよくわからなかった」などと書かれているあたりも友だちっぽい。「彼がこういうふうに誉めてる作品は、たぶん私は苦手だろうな」とか「彼は淡々と書いているけど、この映画はきっと私向きだ」というふうに、今ではだいぶ予測できるようになった。彼がたまたま見ていない映画があると、「えー、なんで見ないわけ?」と怒ってしまったりもするのである。

2001-06-29

amazon(映画瓦版 2013年上半期 Kindle版)

『ニュース★バトル(iモード新サイト)』 /

天声人語は、おやじのエッセイだ。

3月19日から、朝日新聞社と日本経済新聞社のiモード共同サイトがスタートした。朝刊の主要記事各3本と両社の人気コラムが読め、さらに朝刊記事を素材にしたニュースクイズが楽しめる。

ニュースクイズは「ニュース総合」「エンタテインメント」「トレンド・流行」「スポーツ」などの分野から毎日5問ずつ出題される。初日の「ニュース総合」では、大川功氏が会長・社長を兼任していたゲーム機メーカーの名やイスラム原理主義勢力が支配する国を選ばせ、「エンタテインメント」では、モーニング娘。を脱退した中澤裕子のソロデビュー曲「○○○の女房」を穴埋めさせていた。毎日15時半に前回の正答率、成績、ランキング、ポイント数が表示され、プレゼントや表彰もあるという。

私が注目したのは、両社が自ら「人気コラム」とアピールしてはばからない「天声人語」(朝日)と「春秋」(日経)が併載されている点。「天声人語」は大学入試問題への出題率の高さで知られるが、初日はこんな書き出しで始まる18日付けのコラムだった。「『肉なんか、ずっと食べていないよ。野菜と魚だね。その魚も用心しないと危なくてね』。パリに長年住んでいる日本人の友人夫妻の話だ。」

テーマは欧州で問題となっている口蹄疫と狂牛病。どちらも動物性飼料が感染源とみられ、「すでに何十万という家畜が、各国で殺されている」という。パリのレストランからは肉料理が減り、トリ肉や養殖の魚にも疑惑が集まり、英国、ドイツ、米国など「影響は拡大の一途をたどる」と続き、最後はこう結ばれる。「動物性飼料は、家畜を早く安く、大きくするために使われた。効率を上げようと多数の家畜を狭い畜舎に押し込め飼育する。そんな中で、微妙なバランスが一つ崩れると、伝染病が急速に広がり、パニックを引き起こす。人間の利益中心のやり方への、強烈なしっぺ返し。欧州の人びとはいま、それを実感している。」

うーん、なんだか説得力に欠けるのだ。もともと「天声人語」は友人から聞いた話を情報ソースにしている場合が多いが、今回は「魚の料理に慣れていないから、まずいの何の」という「友人の愚痴」にまで貴重な字数が割かれていた。主観と客観が曖昧なのも「天声人語」の特長だが、今回の例でいえば、最後の「実感している」がウッソー!である。欧州の人びとがしっぺ返しを実感しているなんて、どうして断言できるのだろう。せめて「実感しているにちがいない」とか「課題としてつきつけられている」などと書くべきではないだろうか。

翌日は、「春秋」が口蹄疫について書いていた。「狂牛病に続いて家畜の伝染病である口蹄(こうてい)疫の感染も広がり、欧州は大騒ぎだ」という一文から始まり、欧州各国の対策、続いて「欧州の食文化の”異変”は文明論的なテーマかもしれない」と仏文学者の鹿島茂さんの著作を引きながらフランスの肉食文化の由来に言及。最後はこう結ばれる。「肉食文化の浸透は産業革命や国際貿易進展と一体だった。域内の物流の国境が消えたはずの欧州連合(EU)諸国でいま、口蹄疫ウイルス流入を恐れる農民が国境に集まり、トラックの列に目を光らせる。市場一体化の時代に、予想もしなかった反動が生じている。」

欧州全体の現状が具体的につかめ、興味をそそられる内容だ。おやじのエッセイといった風情の「天声人語」と比べ、客観的な情報として違和感なく取り込める。これからは、新聞をとらなくても、携帯電話で「天声人語」と「春秋」を比較できちゃうのである。入試問題は「春秋」から出すべきなんじゃないのー?と思う学生がふえるかもしれない。
(「天声人語」の筆者は4/1より変わります)

2001-03-20

amazon(天声人語 2022年 7月-12月)

『深緑』 AJICO /

ゆるくてタイトな日本のロック2

ラッピングペーパーのような歌詞カードが好き。外側はピンクのイラストで、内側は深緑の文字。

1曲目の「深緑」、3曲目の「美しいこと」、11曲目の「波動」もすばらしいが、ずば抜けて良いのが、2曲目の「すてきなあたしの夢」。UAと浅井健一、二人の才能が共振し、音楽が生まれる瞬間のシンプルな幸福が立ちのぼってくる。歌詞はUAで曲は浅井健一だが、ギターが言葉で、ボーカルが楽器のようにも感じられる。

人と人との出会いによって、新しい表現が生まれる。一人ではできなかったことができる。この二人は、文字通り、そんなすてきな夢を見せてくれるのだ。UAとのコラボレーションでは、浅井健一の表情もどこかリラックスしており、余裕が感じられるではないか・・・・(男はリスペクトする女性がそばにいるとそうなのか?ナナコとソリマチの結婚記者会見を見てそう思った。キムタクも2ショット会見をすればよかったのに)。

「すてきなあたしの夢」というタイトルは、「すてきな夢」でもあり「すてきなあたし」でもあるのだろう。テクニックに裏付けられたナルシシズムは、とてつもなく美しい。「すてきなあたしの夢を明日の午後にかなえよう」という言葉のゆるさに癒される。

2001-02-23

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