BOOK

『結婚。』 ナガオカケンメイ / 新潮OH!文庫

愛人にすすめたい、結婚の真実。

2年目の結婚記念日に、夫が妻へ贈った絵本(というか手紙だ)。あんなに愛し合っていた彼女なのに、結婚して子供が生まれると、いつのまにか気持ちが醒めてしまう……..危機に陥った夫婦が関係を修復させるまでの物語だが、実話であることがポイント高い。あっという間に読めてしまうので、何度か読んでみたが、何度読んでも涙が出る。悔しいほどに。

後半部の妻のセリフには、見習うべきものがある。男も女も、危機のときにはこういうセリフを言わなければならないんだな。それができた夫婦は、きっと乗り越えられるのだ。相手の痛い部分を責めたり、泣きごとを言ったりするのではなく、ふっと空を見上げて美しいため息をつくような、そんなひとことだ。

<結婚とは「大好きな人と一緒にいること」ではないと思う。結婚とは「どんなことも受け入れること」ではないかと思う。> と筆者はあとがきで述べているが、それはどうかな、とアマノジャクな私は思う。そんな妥協的な生き方はしたくない。一生、大好きな人と大好きなまま一緒にいるべきじゃないの?って思う。だけど、この本のエピソードがもつ普遍性には、やっぱり泣かされてしまうのだ。

夫婦の危機は、どっちかのせいじゃないってこと。ちょっと擦れ違うと、どんどん擦れ違っちゃうけれど、その代わり、ちょっと歩み寄れば、驚くほどすんなり歩み寄れたりするんだ。

素直でない私は、この本に出てくる智子(愛人!?)が可哀想、などと不謹慎なことを考える。そうそう、この本は、愛人をやっている女性におすすめしたい。彼がなぜ離婚しないのか、その理由がわかるから。

2001-01-19

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『英国式占星術』 ジョナサン・ケイナー / 説話社

2000万人が注目する言葉とは?

人間を12星座に分類するなんて馬鹿らしい、って気持ちがどっかにある。だから私は雑誌の星占いなんて読まないのだけど、ハーパース・バザー誌に連載されているジョナサン・ケイナーのページだけは例外だ。彼はイギリスで最も権威ある占星術師だそうで、世界中に2000万人の読者を有し、ウェブサイトには毎日6万人がアクセスするという。

だまされたと思って、単行本まで読んでみた。太陽の位置で占う定番の12星座占いに加え、月、火星、金星の位置関係により、自分自身や知人たちの表の顔、裏の顔が明らかになり、14の相性診断テストがディープに展開されていく。構成もよく考えられており、自分が主役のミステリーをひもとくような楽しさがある。

そして…..どうひいきめに読んでも当たっている! だが、彼の占いの本質は、当たることですらない。魅力の秘密は文体にあり、一度読めばシビれてしまうか笑ってしまうかのどちらかだ。他の占星術師との違いは、想像力の豊かさだと思う。具体的な記述は普遍的な事象につながっており、抽象的な記述は具体的な人生に還元されていく。読んでいるだけで宇宙との一体感が得られ、限りない希望がわいてくる。

たとえば、生まれた時、月が獅子座にあった私という人間に対してはこんな感じ。「あなたは態度が大仰ですし、利口ぶるところがありますし、あらゆる場面で主役になりたがります」……..きっつーい!! だけどその後にこう続く。「しかし、同時に稀に見るほど親切で、温かくて、寛大で、純粋でもあります。それだけで千の罪を許されるほどです」……..こう言われると、悪い気がしないではないか(笑)。

「(中略)批判を恐れるあまり、善意のよきアドバイスを無視します。うっかりそのアドバイスに従って、バカのように見えるのを避けんがためです」の後にはこう続く。「誤解しないでください。あなたが始終こうだと言うつもりはまったくありません。月の周期があなたに不利に働くときにこんな状態になりうる、というだけの話です。私が無情にも以上のようなことを指摘したのは、不安を建設的に処理する能力があなたの中に備わっているからにほかなりません」………要するに、とっても教育的なのだ。

この本が教えてくれるのは、パーソナル・コミュニケーションの方法論なのかもしれない。占いや言葉は、他人を嫌な気持ちにさせるためのツールではないということ。説教なんて、誰も聞きたくないのだから。

他者への思いやりと本質への洞察力。そんな彼の資質にこそ、学ぶべきものはある。だから、うまく気持ちが伝わらないアイツのことを、この本でこっそり調べたりした場合なども、自分を前向きに反省しながら、素直に相手を尊重しようって気になってくる。意外な視点を発見して、ふっと楽になれる。どうして当たってるんだろう? どうして面白いんだろう?って考えるだけでも快楽。

日本版のウェブサイトでは、12星座の「週間予報」のほか「2001年の恋愛予報」が本日アップされた。
https://www.cainer.com/japan/

2001-01-12

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『ストレート・レザー』 ハロルド・ジェフィ / 新潮社

殺しと殺しのあいだをどう生きるか?

説明を極力省いたミニマムな描写。最先端テクノロジーを駆使したカルチャー。倒錯したセックス。意味をはく奪された刺激的な暴力行為…。しかし、この短編集のいちばんの特長は、そぎ落とされた文章の中に、不安定で気弱で理性的でどこか懐かしい「普通の感情」がときおり混じることだと思う。それは、涙が枯れ果てたあとの泣きぼくろのようでもあり、荒廃した世界に咲く最後のバラのようでもある。

「今日の、この時代に、セックスに誠実さを求めるなんて、ズレてるってことわかってるけど、でもわたしって理想主義者なんだわきっと」(「ゴム手袋」より)
「よもや人を食うなんてことはなかろう、と。ときどき、自信がなくなるが…」(「ネクロ」より)
「こちらがなにもかも譲歩して、それでいてこのふたりのほっそりとしたパンクスタイルの十代の娘たちが、屈強な成人の男に居心地の悪さを与えるというのはなぜなんだ」(「ストレート・レザー」より)
「そこでパーティはおひらき。あらゆる幻覚が終わらねばならないように。あるいは、そのように人が言うように」(「迷彩服とヤクとビデオテープ」より)

「ストーカー」という短編の中には、こんな一節がある。「殺しだけをしていれば、そいつはすごいことだ。しかし、殺しと殺しのあいだに間がある」。この短編集全体のコンセプトを見事に言い表した文章だ。殺しをやっている間は、皆ハイなのであり、ハイな小説が、私たちをある程度興奮させることは間違いない。ただし、問題は、殺しと殺しのあいだをどうやって生きるかということなのだ。我に返って孤独と向きあったときにこそ、人間の真価が顔を出すし、小説の真価もあらわになる。

この短編集のハイな部分を読んでいると、何がかっこよくて何がかっこ悪いのかわからなくなり、男女の区別や善悪の判断がつかなくなる。ぐちゃぐちゃにされて、あっさり放り出される気分だ。結局、他人のことなんて理解できないし、自分がいつ死ぬかもわからない。そんな結論にたどりつく。

だが、その後、じわじわと勇気がわいてくる。人生短いんだから、いくところまでいってみよう、と。で、その結果、すげえ!という境地に到達したとしても、「ストレートレザー」の主人公のように、「自分のパンツで血を拭きとり、鞄にあったもうひとつのズボンをはいた。黒い「執務用」ズボンだ。注意深くロープを巻き、鞄の中にしまった」というふうに、命ある限りは淡々と目の前の現実を処理し、次の場所へ向かいたい。それが、タフということだと思う。たとえ内面がぼろぼろに崩れ落ちそうになっていたとしても。

第1回インターネット書評コンテストで最優秀賞をいただきました。ありがとうございました。

2000-12-15

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『ぼくは静かに揺れ動く』 ハニフ・クレイシ(中川五郎訳) / 角川書店

男ってこんなこと考えてるの?

妻子もちの男のリアルな1日。文字どおり静かな心の揺れ動きが細密に描かれている。「男ってこんなこと考えてるんだ」とのぞき見のような感覚で読み進んでしまう。静かだけど切実な小説。静かだからこそ、もっとも大きな心の問題をつきつけられる。愛について。女について。生活について。希望について。
 
「こんな男いやだなー」とまずは思う。浮気、弱気といった「女に嫌われがちな要素」がたっぷりと盛り込まれているからだ。できれば、こんな心の中は見たくない。だけど、この小説の作者は、自分とはまったく関係ない男だから、安心してつい、こっそり読んでしまう。
 
この男の気持ちが、とてもよくわかるのも事実。要するに「女々しい男」なのだから、女こそ、この小説の最大の理解者ということもできる。理解がはじまると、次に共感が生まれ、やがてこの男に対する「いとしさ」さえ芽生えてくるのだから驚きだ。
 
どこか大人になりきれずに、いつまでも女々しく揺れ動いているような男というのは、女に嫌われるどころか、むしろ母性本能を刺激され、「しょうがないわねー」と許されてしまう、最も典型的なタイプなのかもしれない。
 
ところで、男性はこの小説をどう読むのだろう?

2000-11-19

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『君ならできる』 小出義雄 / 幻冬舎

疑似恋愛のパワー。

マラソンの高橋尚子をシドニーオリンピックで金メダルに導いた名監督の本。報道ではわからなかった彼の強い信念が伝わってくる。小出監督は、単なる飲んだくれのオヤジではなかったのだ!
 
女子チームを率いる仕事には相当な気配りが必要で、中でも「えこひいき」は厳禁だという。だが、小出監督は、選手がふてくされたときにも、タイミングを見定めて絶妙な言葉をかけ、彼女の顔をぱっと輝かすことができる。ふだんから「必ず口に出して」「本心から」「くりかえし」ほめることを忘れないし、試合に同行できないときは、深夜に国際電話をかけ、直前まで親身に指導する。しかも、こういうことを一人ひとりの選手のタイプや生理に合わせてやっているというのだから、驚異的なマメさである。
 
年の離れた恋人同士にも見える小出監督と高橋尚子だが、監督のアプローチは、まさに疑似恋愛モードだ。「こちらが誠意を示して一所懸命になれば、必ず相手も一所懸命になってくれる」「こっちが手を抜くと必ず相手も手を抜く」「可愛がってあげれば、必ず心が通じる」「彼女がどういう言葉を掛けたら喜んでくれ、何をいったら傷つくのかということを、あらかじめ把握しておくことが大切」- これらはコミュニケーション論であり恋愛論でもある。男性が読めば、意中の女性の落とし方がわかるだろう。
 
小出監督に巡り合えない普通の女たちは、どうやって自分の夢を実現すればいいのか?  素直であること。柔軟であること。冒険すること。楽しむこと。不安を感じなくなるまで練習すること。 要は「保守的な思い込みの呪縛から逃れること」に尽きると思う。恋愛をしていれば誰もが自然にできてしまうであろう、ごくシンプルなことだ。

2000-11-05

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