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『栗の森のものがたり』グレゴール・ボジッチ(監督)

人生はつねにうっすらと冗談であることが大事だ。それが、逆説的に、世界に対して真面目だということである。― 千葉雅也

映画館はレストラン街のようだ。安心して食べられそうなメニューの数々がラインアップされているが、ときには、突拍子もないクオリティのローカル料理が出てくることもある。

『栗の森のものがたり』は、1984年スロヴェニア生まれの監督が2019年に発表した長編デビュー作で、スロヴェニア国際映画祭で最優秀作品賞を含む11冠に輝いた。1991年に旧ユーゴスラビアから独立したスロヴェニアは、形も大きさも四国に似ているが、4つの国と接しており国土の3/4が森だ。映画の舞台は北イタリアとの国境地帯で、栗の森に囲まれた1950年代の小さな村。監督は「忘れられた土地の遠い記憶を呼び起こす寓話のような物語を描きたかった」と言う。

「しみったれの大工 マリオ」「最後の栗売り マルタ」「帰らぬ息子 ジェルマーノ」の3部構成。貧しく希望のない村の状況がわかるタイトルだが、全シーンがバロック絵画みたいな凝りに凝った美しさであることに驚く。静謐だがぶっ飛んでおり、心地よいまどろみの中にコミカルな要素が紛れ、時系列が乱れる。しまいには、不在の息子が両親の物語を話し始めるのだから油断できない。現実と異世界の境界を溶かし、メビウスの帯に凝縮したような82分間だ。

大工のマリオは高齢で、ギャンブルでイカサマをされたり、死にそうな妻を連れて行った医者から冷たい対応を受けたり、ろくなことがない。彼のノートには赤字続きの収支や、さまざまな棺桶の設計図がある。眠っている妻の上から棺桶のサイズを計るマリオと、最後まで夫に悪態をつく妻。つまりこれは、ちっともいい話じゃない。感傷に流されないハードボイルドなメルヘンなのである。

マリオの人生のクライマックスは、栗売りのマルタが川に流してしまった栗を一緒に拾い上げること。マルタは靴が濡れたマリオを家に入れ、ストーブをつけ、珈琲を入れ、食事を出し、食後酒までふるまうが、一連のそっけないもてなしと、盛り上がらない会話が素晴らしい。マリオがルネサンス様式の家具に注目し、高く売れるよと言っても彼女は興味を示さないし、マルタがお伽噺を話してと言っても、彼は思い出すことができない。戦争から帰らぬ夫を想うマルタは「ここは忘れ去られた土地。未来はない」と言い切る。マリオは人生を精算しようとしているが、マルタの人生はまだこれからなのだ。

ついに旅立つマルタが、海を背景に歩く姿が映し出される。スロヴェニアには、アドリア海に面したわずかな海岸線があるのだった。おそらく夫のいる南半球のオーストラリアへ向かうのだろう。「何世紀も政治的不安定な時期があり、移住の盛んな地域です。この地の個性を、映画を通して伝えようと思いました」と監督は言う。

ドナルド・トランプの3人目の妻となったメラニア夫人もスロヴェニア出身である。ユーゴスラビア内戦後の1996年に故郷を離れ、就労ビザで米国に入りモデルの仕事をし、パーティでトランプと出会った。2006年にバロン君を出産し、米国籍を取得。自身が移民であることから夫の移民政策を批判し、2018年には彼女の両親も米国籍を取得した。

そんなことを思い出したのは、映画の中でマルタが着ていた水色のカーディガンが、2017年の大統領就任式でメラニア夫人が着ていたラルフローレンのドレスと同じ色に見えたからだ。スロヴェニアの海の色でもあるかもしれない。

2023-11-8

『コンパートメントNo.6』ユホ・クオスマネン(監督)

1990年代のロシアは、ロマンティック。

夜の映画館は、寝台列車のようだ。
そんなふうに感じたのは、この映画がまさに寝台列車での長旅を撮影したものだったから。

ライブと違ってハプニングの少ない映画は、静かにすわっているだけで目的地へ連れていってくれるから、列車のツアーに参加したような安心感がある。好きなものをゆっくり飲めるし、なんなら眠っていたっていい。

新宿の小さな劇場は満席で、私は列車1両分くらいの人々と共に、モスクワから世界最北端の駅、ムルマンスクへと向かう数日間の旅を楽しんだ。実際に流れた映画時間は2時間弱だったけれど、終わって外に出ると雪景色が広がっているんじゃないかと期待するくらい北上した気分になったのだ。

列車の中の様子や、移り変わる車窓の風景だけでも十分に美しく面白いロードムービーだと思えたが、この作品がカンヌでグランプリをとった理由は、出会いのストーリーにこそあるのだろう。主人公は、2等車のコンパートメントNo6に乗り合わせたフィンランド人女性ラウラと、ロシア人男性リョーハ。同性の恋人を持つインテリ女性ラウラが、傍若無人で酒飲みのリョーハに抱く第一印象は最悪で、彼のセクハラ発言に耐えられなくなった彼女は、途中下車まで考える。

人生において全く別の部分を「こじらせて」いるように見えるこの2人には、他にもたくさんのギャップがあって、そのギャップがどうやって埋められてくのか、結局埋められないままなのかを、映画は丁寧に描いていく。最悪の出会いから恋愛感情が芽生えるのはお決まりのパターンだが、この2人は意外にも、通常の恋愛や性別の枠を超えた、子供のようなピュアな関係に向かっていくように見えるのである。

こんなにも無邪気でロマンティックな映画を成立させているのは、スマホもマッチングアプリも過剰なコンプライアンスもない1990年代という設定だ。より効率的に進化した現代であれば、この旅で起きたハプニングのほとんどは起きなかっただろうし、そもそも異なる国籍の男女が同じコンパートメントに乗り合わせることもなかったかもしれない。

途中の停車駅で、ラウラは薄暗い列車の中から雪の積もった外を見ている。そこには、列車を降りたリョーハが、発車時間まで煙草を吸いながら、馬鹿みたいに雪とたわむれている姿がある。
寝台列車の車窓は、映画のようだ。

2023-3-4

amazon(ユホ・クオスマネン監督の前作)

2022年映画ベスト10

●あなたの微笑み(リム・カーワイ)

●ケイコ、目を澄ませて(三宅唱

●ストーリー・オブ・マイ・ワイフ(イルディコー・エニェディ)

●剥製師(マッテオ・ガローネ)

●乳母(マルコ・ベロッキオ

●4つの道(アリーチェ・ロルヴァケル

●イタリア式奇想曲(マウロ・ボロニーニ/マリオ・モニチェリ/ピエル・パオロ・パゾリーニ/ステーノ/ピノ・ザック/フランコ・ロッシ

●遅い旅立ち(アリス・ヴィアル)

●フレネルの光(平井敦士)

●お嬢さん乾杯!(木下恵介)

2022-12-30

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2021年映画ベスト10

●小石(P.S.ヴィノートラージ)
 
●Rocks / ロックス(サラ・ガヴロン
 
●悪の寓話(ダミアーノ・ディノチェンゾ)
 
●森林詩(キム・スンギ)
 
●多和田葉子の旅する声の記録(ソン・ヘジュン)
 
●蛇にピアス(蜷川幸雄)
 
●DELIVERY HELTH / the escort(森山未來
 
●ザ・ビートルズ : Get Back(ピーター・ジャクソン)
 
●17Blocks / 家族の風景(デイビー・ロスバート)
 
●女を修理する男(ティエリー・ミシェル)

2021-12-30

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『ロックス』サラ・ガヴロン(監督)

10代のバリエーションは、いつ奪われてしまうんだろう?

2021年英国アカデミー賞で「キャスティング賞」を受賞しただけあって、中心となる10代の女の子たちの生命力が、あまりにもすばらしい。

食欲旺盛で力があり余っているローティーンの女の子たちが最強だということは、コロナ禍の日本を舞台にした金原ひとみの連作小説『腹を空かせた勇者ども』『狩りをやめない賢者ども』を読めばわかるのだけど、この映画の舞台は、コロナ前のイースト・ロンドンだ。

新しい才能に贈られる「ライジング・スター賞」を受賞したブッキー・バークレイが演じたのは、ジャマイカとナイジェリアの血を引く15歳のロックスという女の子。

やさしそうだが心が弱くて何か問題を抱えているように見える母親と、恐竜と虫が大好きな幼い弟との平和な3人暮らしは一瞬しか描かれず、母親はわずかなお金を置いて家を出て行ってしまう。いつ戻ってくるのか、本当に戻ってくるのか、まったくわからないし、頼れる親戚もいない。ロックスは、弟を守りながら生きていくことができるのか?

かなりハードな状況を描いているし、しんみりするシーンもあるのだけど、この映画を貫くのは、10代の女の子たちの底抜けに明るいパワーであり、凄まじいケンカっぷりやコワレっぷりであり、その先の友情である。何よりも、説教くささを1ミリも感じさせずに、国籍や宗教や肌の色や体形が異なる女の子たちが、自然にわちゃわちゃ集まっているのがいい。これは間違いなくキャスティングのセンスなんだろうけど、このバリエーションの豊かさは、自分自身の子供時代を思わせるものだ。いや、誰にとってもそうなんじゃないだろうかと思えるくらい、この映画には、人間という生き物のベーシックな生態が描かれているのである。

問題山積みだったし、あまりに無謀だった子供時代。危険な子もいたし、実際に危険もあった子供時代。ロックスのような子もいたが、私は彼女を助けただろうか。私は、誰かに助けられただろうか。そもそも、誰かに助けを求めたり、求められたりしただろうか。映画のなかの彼女たちのように、そのときにできる、いちばんいい選択ができていたのだろうか。

思い出したくないような鈍い痛みと、まぶたの裏にまだうっすら残っているような気がする冗談みたいな光が、初めてロンドンを脱出した彼女たちのラストシーンと重なって、たまらない気持ちになる。ロックスの弟のエマニュエルが幸せでありますように。そして、彼女たちが本当の強さと幸せにつながる道を歩けますようにと、祈らずにいられない。

2021-8-25

amazon(サラ・ガヴロン監督の前作)